大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和52年(く)64号 決定

少年 D・J(昭三六・二・一〇生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告申立の理由は、附添人弁護士○○○○、同○○○○同作成の抗告申立書及び抗告理由書記載のとおりであり、要するに、(1)原決定は、「本件各非行に至るまでの二度にわたる試験観察の失敗と少年の内省心の希薄性、内省力の弱さは、その家庭環境と相まつて、少年の社会内処遇の困難性を感じさせるものであり、少年に対しては施設収容による矯正教育(を施す必要がある。)」と認定しているけれども、少年において二度にわたる試験観察が失敗に終つたとの認定は、少年が試験観察中に非行を犯したという現象のみにとらわれた形式的判断であり、無免許運転と○○加入をもつて直ちに少年の内省心の希蓮性を認定することはできず、窃盗の事実についても少年が主謀した事件ではなく偶発的に付和雷同して起した非行であつて、かえつて少年の試験観察中の行動をみれば少年の内省心は顕著に見受けられるから、少年の内省心の希薄性、内省力の弱さにつき社会内処遇が困難であると認定したことは、重大な事実の誤認である。また、(2)原決定は少年の保護者の監護能力につき母親の監護能力のみを判断して監護能力なしと認定しているが、別居中とはいえ家族と交流のある父親が少年を引き取り就職させる等少年の矯正に全生活を費やす決意をしているのに、原審が父親の監護能力の調査を全くせず、かかる認定をしたことは要保護性の基礎事実に重大な事実誤認があり、ひいては原審処分が著しく不当であると断ぜざるを得ない、というのである。

よつて検討するに、少年保護事件記録及び少年調査記録によれば、少年は小学校時代から学内で問題行動が多く、中学二年生時には暴行、恐喝の非行により児童相談所に通告され訓戒措置を受けたこと、中学三年生時には学内で恐喝事件を起し、昭和五一年二月二四日在宅試験観察に付されたが、三月三日には同じく学内で傷害事件を起し、間もなく卒業して大工見習として働くことになつたものの約二か月で退職し、以後現在に至るまでほとんど無為徒遊の生活をおくつていること、その後試験観察中非行が判明しなかつたため、同年一〇月一日右傷害事件と併せて不処分決定がなされたが、現実には同年九月ごろから少年を中心にして○○と称する単車の無免許運転者のグループを結成し、右不処分決定の前後に本件(1)ないし(4)の無免許運転等の非行を繰り返したこと、昭和五二年一月一七日、右(1)ないし(3)の事件について再度在宅試験観察に付されたが、以後も無為徒遊の生活は変らず、不良交友を続け、○○解散後の○○○○○とつながりをもつなど車志向の態度も改まらないまま、同年五月二〇日友人と共に本件(5)の二件の自動車窃盗の非行を起したこと、右二件の窃盗の事件については、少年は直接実行行為を分担していないとはいえ、ドライブをしたいため積極的に共謀に加担していること、少年は価値感や道徳感等の観念体系が発達しておらず、内省心や規範意識が希薄であり、考え方が自己本位で視野が狭く、意思の弱い性格であること、少年の母親は少年を放任して監護能力がなく、一方父親は少年が小学三年生時ごろから母親と不和のため別居しており、現在タクシー運転手として稼働して時々は少年方を訪れるものの、生活費をもつてくることはなく、また少年が今まで再三非行を犯した際にも格別指導をしたこともなく、少年も父親として特になついている風は見受けられないこと、以上の事実が認められる。

これらの事実によれば、本件(1)ないし(5)の各非行がいずれも軽視し難いものであるばかりでなく、少年の徒遊の生活は固定化しつつあり、右のような少年の性格の偏り、内省心の希薄性、規範意識の弱さなどから二度にわたる試験観察も実効をあげえず、安易に本件各非行を繰り返したものと認められ、再非行の可能性は高く、少年の非行化傾向は相当程度深化しているものといわざるを得ない。また、右認定の父親のこれまでの少年に対する態度等によれば、父親に現在少年を適切に指導する能力があるかきわめて疑わしく、結局少年の保護者に監護能力を期待することも困難であると認めざるを得ない。そして以上の諸事情を総合考慮すれば、もはや少年に対し在宅処遇に期待をかけるのは不可能であり、この際少年を少年院に収容し規律ある生活を通じて規範意識の内面化等を図ることが少年の更生にとつて妥当な措置であると考えられる。

そうすると、原決定が「再度の試験観察の失敗と現時点における少年の内省心の希薄性と内省力の弱さは、その家庭環境と相まつて、少年の社会内処遇の困難性を感じさせるものであり、本少年に対しては施設収容による矯正教育(を施す必要がある。)」と認定したのは正当であり、保護者の監護能力等要保護性の基礎事実に所論の事実誤認はなく、少年を中等少年院に送致した原決定が著しく不当であるとは認められない。

よつて、本件抗告は理由がないがら、少年法三三条一項後段、少年審判規則五〇条により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 瀧川春雄 裁判官 吉川寛吾 清田賢)

参考二 抗告申立書

抗告理由

原審決定には重大な事実誤認があり、処分が著しく不当である。

第1 本件各非行事実は、原審決定が「本件各非行そのものは、さほど重大なもの、あるいは非行性がかなり深化した結果のそれとも直ちに言い難い・・・・・・」と認定しているとおり、さほど悪質とはいえず、殊に窃盗事実については少年が主謀した事件ではなく友達に付和雷同した結果起したにすぎず、本件各非行事実そのものから演繹される少年の非行性もまた直ちに少年院送致に付する程に深化しているとは考えられない。

原審決定は「本件各非行に至るまでの二度に渡る試験観察の失敗と少年の内省心の希薄性、内省力の弱さはその家庭環境と相まつて少年の社会内処遇の困難性を感じさせるものであり少年に対して施設収容による矯正教育(を施す必要がある。)」と認定するが、

1 少年において二度にわたる試験観察が失敗に終つたとの認定は、少年が試験観察中に非行事実を起したという現像にのみとらわれたあまりにも形式的判断であり重大な事実誤認である。

昭和五一年少第三二一、九六五号恐喝(傷害)保護事件はそれ自体非行性は微弱であり、○○○○○、○○○○調査官の少年に対する試験観察記録並びに意見書を詳細に検討すれば、試験観察による上記非行事実に対する少年の内省心はむしろ顕著にみうけられ、調査官の適切な指導に従順でさえあつたことが窺える。このことは、少年が事後現在まで同種の粗暴な非行事実を再発せず、試験観察中に中学卒業を迎えて、高校受験あるいは大工仕事への就職と少年なりに更生のため努力したことが充分に認められる点からも実証されよう。

更に原審決定は「右試験観察中の同年九月ごろから少年を中心に一〇人ないし一五人のメンバーで“○○”と称する単車の無免許運転者の集りを結成していたものであり、……(無免許運転により)……昭和五二年一月一七日再度在宅試験観察に付せられ……“○○”解散後結成された“○○○○○”とのつながりもあるなど車志向の姿勢は基本的に改つたとはいえなかつた。」と認定し、前記第一回試験観察ともども第二回試験観察も失敗に終つたとし、少年の内省心の希薄性を認定する。

しかし、かかる認定は、現代の少年の属する世代の気質を全く考慮せず、非行事実の内容、性質を分析せず、単に非行事実を違法性の観点のみで把え、違法行為の反復、即、試験観察の失敗と短兵急に結論付をしたものであり事実誤認もはなはだしいと云わざるをえない。なる程、無免許運転も違法行為ではあるが、恐喝、傷害と同種の再犯ではなく、無免許運転と○○加入をもつて直ちに少年の内省心の希薄性を認定することはできない。以下その理由をあげれば、

(イ) 前記のとおり、昭和五一年二月恐喝(傷害)保護事件の試験観察がそれなりの成果をみ、少年の自制心を喚起していたこと。

(ロ) 一方、高校入試の失敗、大工仕事先での折合いが悪くなり退職し、その後鎖骨々折の事故に見舞われるなど、少年自身にも努力が足りなかつたにせよ、不幸な事実が連続し、友人の大半が高校に進学したこともあつて、少年の心層に強い孤独感が生れ、そこから○○加入の事実が生じた。○○は少年にすれば、孤独感を解消する唯一の友人グループであり少年がグループの世話人的地位につくのも無理からぬところであつた。この○○はいわゆる番長グループと称されるようなものではなく、世間一般の少年が一時単車に興味をもち、暴走族をかつこよく思う傾向があるのと同じ少年期の軽薄な行動様式のあらわれにすぎなかつた。少年は自分のアルバイト賃、小遣銭から単車を買い、無免許で乗廻したのであるが、○○の他の少年のなかには、単車に乗りたいがために単車を盗むものも居た点、少年の場合、自分なりにけじめをつけ単車窃盗にまで手をひろげることはしなかつた。

少年の意識においては、単車の無免許運転は、恐喝・傷害とちがい、犯罪性の認識は薄く、駐車違反等軽微な道路交通違反と同様試験観察を積極的に裏切るような非行事実とは認識していなかつた。(この点、少年の規範意識の希薄性は否めないが、非行性の深化とも認められない。)

(ハ) 昭和五二年一月、前記単車の無免許運転で第二回目の試験観察に附されたのであるが、少年は調査官と「二度と無免許運転はしない。」との約束を遵守するため、自ら積極的に働きかけて前記○○を解散させ、自己の単車を廃車し、事後一切単車の無免許運転をやめたこと。

(ニ) ○○解散後、少年を除く○○の構成員のかなりのものが、○○○○○なるグループを結成したが、少年は○○○○○に参加していないこと。(この点、原審の認定は誤つた捜査資料に引きづられ、○○○○○とつながりがあるかのごとき認定しているが、審判調書記載のとおり、かかる事実は断じて存在しない。)

(ホ) 原審は前記(ニ)の誤つた認定に敷衍して更に「(少年が)車の志向性を断ちきれなかつた」とし、あたかも少年の車への志向性が前記単車の無免許運転に引続いて本件自動車窃盗を喚起したかの認定をしているが、これは明らかに誤つている。少年が単車に対し強い志向性を有していたことは疑う予地がないが、単車への志向と四輪車への志向性は少年の世代にとつて異質のものであるばかりか、本件自動車窃盗は、少年が試験観察開始後単車への志向を前記のとおり完全に断切つた後、偶発的になりゆき上、付和雷同して起した非行でしかない。

2 以上より原審が少年の内省心の希薄性、内省力の弱さにつき(その家庭環境と相まつて)少年の社会内処遇が困難と認定したことは、重大な事実の誤認であるといわざるをえない。

第2 原審は少年の保護者の監護能力につき、捜査当局並びに調査官の不充分な調査を前提に、母親の監護能力のみを判断して、監護能力ナシと認定している。しかしながら、別居中とは云え、住所、氏名、職業が判明しており、家族と交流のある父親の監護能力の調査を全くせず、かかる認定をしたことは要保護性の基礎事実に重大な誤認があり、ひいては原審処分が著しく不当であると断ぜざるをえない。以下理由を述べる。

1 少年の父親は、夫婦間のいさかいから別居し、現在単身で東大阪市○○×××の×に居住(文化住宅三DK)し、東大阪市○○×××、○○○○○○○株式会社にタクシー運転手として勤務し、○○○○○○○でも指折の優秀精勤社員である。

2 夫婦が別居するに至つたのは約六、七年前で、母親の不貞行為が主な原因であつたが、これには家の近くの暴力団員がからんでいたため、父親が家を出て別居することになつた。別居に際し、少年を含む子供達はいずれも幼児であつたため、母親が引続き世話をすることとなつたのであるが、父親の子供に対する愛情にかわりはなく、今日まで、父親と子供達が海水浴に行つたり、或は、小遣銭を与えたり、子供が父親宅へ遊びに行つたり、父親が母親宅を訪問したりの交流が続き、子供のためということで父親は離婚をしなかつた。

3 所が、少年の非行につき、母親は父親に対し一切知らせず、父親は本件各非行事実は勿論、原審手続すら知らなかつたところ、決定言渡日になつて、長女より連絡をうけ、本件を初めて察知したのである。

4 少年の両親は、少年の本件各非行事実に自らの因果応報を悟り、現在急速に夫婦和解の気運が高まつている一方、父親においては、少年を(将来は家族全員を)大阪の父親宅に住まわせ、父親の監視しうる職場に少年を就職させるかたわら、定時制高校に通わせるべく、少年の矯正に全生活を費やする決意に至り、既に、少年の就職候補先を含む具体的生活図を描いている。

第3 原審は本件各非行事実の非行性がさほど重大でなく非行性が深化したものでないと正しく認定しながらも、少年の気質の認定に際し、第1に述べたとおり重大な事実誤認をし、更に要保護性(保護缺如性=環境性)の基礎事実につき第2に述べたとおり重大な事実誤認をし、ひいては著しく不相当な処分を決定したものであり、原審決定の取消を求めて抗告する。 (以上)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例